風水の歴史を調べてみました!

風水は、ご存知の通り中国が起源です。

その歴史は古く紀元前10世紀ごろ(今から3000年以上前)

殷という王朝が中国を治めていた頃

「卜宅(ぼくたく)」という建物や集落、村の吉凶を占うものが

風水の元となっているそうです。

 

ただ、占いといっても当時としては科学的な要素も含まれ、

環境を評価する技術の要素も持っていたため、

雑誌や新聞などの占いとはやや違ったものであったようです。

 

 

時代は下って三世紀、晋(三国志の時代のすぐ後に起こった王朝)の時代に

文学者で卜者(うらないをする人)の郭璞(かくはく)が

卜占の術を用いて晋の重臣に重用されるようになります。

 

そして郭璞は、葬書という占いや儀式にまつわる事柄などが書かれた書を編集し、

その書物の中で初めて「風水」という言葉がや作られました。

この葬書が、のちの風水の本「陰宅風水」の基礎となりました。

 

そこから400年後、7世紀の唐代になると「風水」となった卜は、

陰陽説(宇宙の万物は全て陰と陽の二つの力で構成されているという考え)や

五行説(万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという考え)という説を取り込み、

広く盛んに用いられるようになったのです。

 

200年後の9世紀、唐代末には地理・地形・水流・植生などの観察を重視した

「江西(こうせい)派」と、

五星・八卦・十干十二支などの方位を重んじる

「福建(ふっけん)派」という二つの大きな派閥ができ上り、

「江西派」が「形法(巒頭・らんとう)」へ、

「福建派」が羅盤(方位磁石がついた占いを行う円盤)をもって吉凶を占う

「理法(理気)」となって知識人を中心に普及し、

中国の官僚の知識としても利用されるようになりました

 

これと前後して朝鮮半島や日本(本土や琉球)へも風水の知識が広まりました。

日本では、古く6世紀ごろ、飛鳥時代には伝来していたといわれています。

そして「形法」の風水の考えに基づき、

平安時代にはすでに平安京の設計にも使われるくらい浸透していったのです。

 

朝鮮半島では、「理法」が流行し、

「身近なところから運を鍛える学問」として発展していきました(利用風水)。

 

話が戻って中国ですが、その後も風水は脈々と発展を続け、

明・清時代になると両者の区別はあいまいになって、羅盤を用いたり、

地形や植物、色などを用いる技術に発展し、現在の風水とほぼ同じ形になっていきました。

 

その後中国人の海外進出に伴って世界中に思想が広がり、

欧米でも文化大革命によって逃れてきた中国の人材が渡ってきた影響で

盛んに研究されるようになっています。



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